結果的には想い出深くて面白かったんですけど…。ウェブ情報だけでは心配。
ドイツ人が好きなドイツの観光名所ベスト50
メルヘン街道の街ブレーメンをお昼過ぎに出発、途中休憩しながらのドライブ、およそ3時間かけて到着した街「パダーボーン」。はっきり言って全然有名ではないと思います。ガイドブックにも載っていません。
なぜこの街に来たのか、それは次のサイトで紹介されていたからです。
せっかくクルマでの旅ですから、あまり有名でないけれど実は名所!みたいに行きたい。Googleマップで見る限りとてもよい感じで城壁に囲まれたこじんまりとした旧市街があるようです。これは楽しみ。
なお、この日のホテルはすでに手配済み。小さな街であること、そして、別ルートで旅している両親たちと合流するからです。彼らも順調に夕方過ぎに着く電車に乗れたようですが、我々の方が先に着いたので、先に観光に行くことにしました。
小さい広場と大きな聖堂はあるけど…、ホントドイツ人行きたいの??
いざ観光、といっても前述のウェブサイトしか情報がないし、トリップアドバイザーやGoogleなどで検索してもさっぱりだったので、街のインフォに向かってはみましたが、すでに閉まっておりました。
ただし、地図とパンフレットは自由に取れたのでそれをいただいて観光開始。
とはいえ、見どころと言えば街の中央広場と大聖堂くらい。中央広場といってもやはり新しい街並みなのか、観光的にはあまりおもしろいともいえないか…。
しかし、大聖堂は迫力がありました。他ではみたことのないデザイン。これを見るだけでも来た価値はあったかもしれません。
土曜日の夜ということで、ミサをやっていました。日曜だけでなく土曜日もやっていることが多いですよね。
よく調べてみたら歴史古くもいくつか観光名所も
ところがこの街、調べてみると古い歴史を持つ街であることがわかりました。確かに、立派な大聖堂があるのは司教座であったということですからね。
その歴史は旧石器時代まで遡ることができるようです。周辺にはこの時代のころの遺跡が多く発掘されています。ローマ時代には、西ゲルマン人の入植地域に属していました。
中世初期には、カール大帝の支配によりキリスト教化が進み、ヴェルダン条約によるフランク王国分割後の843年より東フランク王国に属することとなり、さらに司教連邦の首都となりました。北西のドイツといえば、数日前に訪れたアーヘンなど中世初期のキリスト教文化と関連深い街や施設が点在していますが、このパダーボーンもそんな街の一つだったわけですね。ちなみにハンザ同盟にも加盟していたそうです。
さて中世以降は、他のドイツの都市同様に三十年戦争、時代はかなり遡って第二次世界大戦でも被害を蒙りました。1945年の1月17日と3月27日に連合国から激しい空襲を受け市の85%が破壊されてしまったとのことでした。つまりいま我々が見ているのは戦後に復興した街なわけです。
パダーボーン市内にはそれほど観光名所はないのですが、実は郊外にいくつかあることが今調べて判明しました。まったく行く前にきちんと調べておけばよかったものを…。翌日ゆっくり行けばよかったです。もっとも翌日は当初行く予定のなかった美しいスポットに行けたわけですが。「どうせまた来れるし」と思って現地を訪れ、こうして後々ブログを書くときに気がつくという毎度ながらの僕の悪いクセです。
適当にお店に入ったらギリシャ料理屋さんでした(涙)
結局、1時間ほど街の中を散策したところで、両親たちがホテルに着くとの連絡を受け、我々もホテルへ戻ることにしました。その途中、今夜のレストランを予約。なかなかよさげなレストランは中央広場付近にはなかったので、店探しに苦労しましたが街の西側城壁付近に良い感じのレストラン街があり、そこでおしゃれな感じのレストランを見つけたので、そこを予約しました。
これで一安心と思いきや、あらためて家族を連れて予約時間に訪れてみたところ、ここギリシャ料理の店ではないか…。ドイツ語で書いてあるからなんとなくドイツ料理のお店かと勘違いしていました。
ギリシャ風サラダとかあるしもう…。美味しそうだから頼んでしまえ。
ビールはドイツ、ワインはギリシャ。うっかり甘口のと言ってしまったので、デザートワインみたいなのが出てきた…。これはまずかったです。
お店選びには正直失敗したものの、大人数での食事は楽しかったです。これまでのお互いの旅路のことを話しながら大盛り上がり。あっといまに時間が立って行きました。
明日はいよいよドイツ旅行最終日です。最終日はフランクフルトで音楽鑑賞が待っています。(続く)