2016年7月 フランス「印象派とグルメの旅」 1-7章:ノルマンディ上陸作戦の舞台へ サント・メール・エグリース

2016年7月 フランス「印象派とグルメの旅」
2016年7月 フランス「印象派とグルメの旅」

訪問日時:2016年7月16日午前9時頃

「印象派フェスティバル」ともう一つの主要目的。

ノルマンディ上陸作戦、最初の本格的作戦の地「サント・メール・エグリース」へ

フランス入り2日目、最初の目的地はサント・メール・エグリース(Sainte Mère Église)。

日本人にとって第二次世界大戦は大変馴染みのある戦争ですが、それでも意外と知られていないのがヨーロッパ戦線。しかし、「ノルマンディ上陸作戦」に関してはその名前だけでも聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。

この作戦は、第二次世界大戦末期の1944年6月に、当時ドイツに占領されていたフランスを奪取すべく連合軍が行った大規模な作戦です。日本では一般的に「ノルマンディ上陸作戦」として知られていますが、海外、特にアメリカでは「D day」とか「D day作戦」などと呼ばれるのが普通のようです

ちなみに、フランスの北部地域は、20世紀に入って第一次世界大戦、そして第二次世界大戦で大きな被害を受けています。2年前の9月に、僕は第一次世界大戦の戦場であるソンム県のモニュメントを訪れています。

前日滞在していたル・アーブルもそうでしたが、このエリアはこうした幾多の戦争で街が破壊されてしまっているので、きっと中世から続いていた美しい街並みが残っているところが少ないのでしょうか、確かにフランスの最も美しい村に登録されている村はあまりありません。

さて、サント・メール・エグリース(Sainte Mère Église)の場所はこのあたり。イギリス海峡(マンシュ海峡)に突き出たコタンタン半島にある小さな街です。

このあたりはノルマンディ作戦の最初の上陸地であり、サント・メール・エグリースは地理的にその中心に近い、ドイツ軍の拠点にもなっていた街だったそうです。

ほぼノンストップで一気に前泊地ル・アーブルからやってきました。高速道路(制限速度130km/h)、自動車専用道路(制限速度110km/h)でしたが、途中からは一般道。2時間ほどの行程でした。

駐車場ですが、小さな街のわりには教会のある中央広場付近に停めることが出来ず。やむを得ず村の出口付近に路上駐車。出口付近といっても中央広場から距離にして200m程度のところです。7月とはいえまだ午前9時頃は若干肌寒いです。下はTシャツ・ポロシャツですが、この時間はまだ一枚上着が必要でした。

パラシュート部隊のひとりがひっかかった教会

この街は、D day最初の大規模な激戦地ということでも有名なのですが、さらにもう一つこの街を世界中に有名にしているのはこの街の教会です。

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一見フランスの地方にどこでもありそうな教会ですが、その尖塔の上をよく見るとなんかいます。

Sainte Mère Église 20160716-_MG_7495

実はこれはノルマンディ上陸作戦時のパラシュート部隊隊員のマネキン。パラシュート部隊の一員であるジョン・スティールという人のマネキンだそうです。

上陸作戦は深夜未明に行われて真っ暗闇の中、イギリス海峡対岸から飛び立った飛行機に乗った隊員がこの地に降り立ったのですが、その際、この教会の尖塔にひっかかってしまいました。結局、彼は自力でここから降りることもできないので、この教会にひっかかりながら死んだふりをしてずっとそのままでいたそうです。

最終的にはパラシュートが朽ちてしまい遂に落下、その際ドイツ軍に見つかってしまうわけですが、住民の懇意等もあって捕虜となって殺されずに済んだそうです。他の多くのパラシュート部隊員は捕虜にすらなれず殺されてしまったことを考えると、とても運がよかったとしか言いようがありませんね。

ということで、そんな彼を記念してこのマネキンができました。マネキンが造られたのは2006年ということ、比較的最近のようです。これを見ることがこの村へわざわざやってきた目的ですが、僕のようにこのマネキン目当てで世界中から観光客が訪れるのです。村おこしにしては結構成功例かもしれないですね。

なお、教会近くにこのような説明書きがあったのですが、よく読んでみるとこのひっかかってしまったパラシュート兵ではなくて、このパラシュート部隊の作戦の概要とそのリーダーについての記述しかされていませんでした。

彼らの任務はOゾーンと呼ばれていたサント・メール・エグリース郊外の地点へと降り立つことでした。村の西にあるフィエール橋を奪って維持することだったとか、この方は銃で打たれて怪我をしたけれども50日間の入院後直ちに戦地に戻ったなどなどが書かれていました。

見応え充分「エアボーン博物館」

ところで、当初はこのサント・メール・エグリースのパラシュート舞台マネキンのみを目当てにこの地に来たのですが、ふと見るとこの教会の正面に「エアボーン博物館(Airborne Musium)」というノルマンディ上陸作戦関連の博物館がありました。

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町中のあちこちにD dayに関する記述があるこうしたパネルがあるのですが、これもどうやらこの博物館の監修によるものっぽいです。

トリップアドバイザーでどのようなものかざっと調べたところ結構評価も高い模様。せっかくなので見学してみることにしました。

いざ中へ入ってみるとこれがまた豊富な展示で驚き。その当時の兵隊の所持品の展示に始まり、

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ちなみに当時の兵隊さんそれぞれが持っていた荷物、重さが約40kgもあったそうです。こりゃ大変だ。

具体的な作成の状況を説明したパネル、フランス語と英語での解説があります。

欧米系の博物館はこうした記録をしっかりと残しますよね。もっとも、この博物館は戦勝国側が築いたものだからでしょうが。ドイツではこうもいかないのでしょうか。気になるところです。

当時、作戦で使用した飛行機のレプリカも飾ってあります。こちらはパラシュート部隊の飛行機でしょうか。

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このフロアの入口にはこのようなパネルが。当時の作戦、対岸のイギリスからどのようなルートでノルマンディに上陸したのがひとめでわかります。

飛行機のレプリカがあるところは全部で2箇所ありましたが、次に訪れた展示場にあったもののほうが大きくて見ごたえがあった気がします。

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なんとなくアメリカっぽい展示だなあと思ったのは気のせいでしょうか。

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また、各所に係員がいてガイドをしてくれる模様です。この日は英語圏からのお客さんに対して英語でガイドしていたようです。

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ちなみにこの飛行機、上に登ることも出来ました。真剣にガイドさんの話を聴いている人たちがいる様子がよくわかると思います。

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最後にもう一つ展示場へ。ここは潜水艦部隊および深夜に決行されたパラシュート作戦の模様の紹介されていました。暗くて写真は取れませんでいた。そして、最後にこの作戦のさらなる詳しいとその戦況が当時どのように報道されたのか、という展示を見て鑑賞は終了しました。

ただし、ちょっとアメリカやったぜ!アメリカ英雄!感が強いのですが、当時の状況をとても丁寧に伝えてくれる素晴らしい、大変充実した博物館でした。

ツール・ド・フランス2016で通過したようです

ところで、こちらがサント・メール・エグリースの市庁舎ですが、よく見るとツール・ド・フランスのゼッケンを彩った自転車選手の絵が飾ってあります。

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どうやらこの街、2016年の第一ステージで通過したようです。

Étape 1 – Mont-Saint-Michel > Utah Beach Sainte-Marie-du-Mont

Tour de France 2016

ところで今ツール・ド・フランスの公式サイトを見て知ったのですが、ユタ・ビーチにはミュージアムがあったのですね。この初日のユタ・ビーチにオマハビーチ(次回ご紹介予定)だけみて満足して帰ってしまいました。ユタ・ビーチ、時間の関係で行くのを迷い、結局やめたのですが…、しまったまた失敗しましたね。TripAdvisor等ネットだけではなかなか調べきれないですね。私の検索能力が疎いだけなのでしょうけれど。

しかし、毎回のことですが、こうやって日本に戻ってきて改めてブログを書くなどして旅行を振り返ると、あれこれと見逃していたものに気づくものですね。

いずれにしても、コタンタン半島全般はあまりゆっくりしたことがないので、また行きたいと思っています。そのときに再訪することにしましょう。フランス旅行は限りなく続く。

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