訪問日時:2019年5月4日、午前10時頃
マルケ州の美しい村巡りを始めた頃から、修復中の教会を時折目にするようになりましたが、これらはすべではないにせよ3年前2016年8月に起こったイタリア中部地震の影響があったということです。
イタリア中部地震とは
イタリア中部地震とは、2016年8月24日3時36分、イタリア中部のペルージャ県ノルチャ付近を震源として発生したマグニチュード6.2の地震のことです。
以下、ウィキペディアの情報ですが、この地震が未明の地震だったため大半の住人は就寝しており、多くが建物の下敷きとなったそうです。
震央付近は、ウンブリア州(ペルージャ県)、マルケ州(アスコリ・ピチェーノ県)、ラツィオ州(リエーティ県)の3州が境界を接する地域。特に観光地として知られ、多くの観光客が集まっていたアマトリーチェ(ラツィオ州リエーティ県)での被害が甚大と報じられました。
アスコリピチェーノからウンブリアへ行けるのか?
この日の前日は、アスコリピチェーノというマルケ州とウンブリア州のほぼ境に位置する街に泊まったのですが、この街に泊まる際、ひとつ気になったこと。それは翌日、つまりこの4日に、山を越えて3日前に滞在していたウンブリアへ再び戻れるのか、ということです。
マルケ州のアスコリピチェーノからウンブリア州へ行くには、アスコリピチェーノとウンブリア州のスポレートという街を走る高速道路を利用する必要があります。しかし、この山を越えてウンブリア州へ入ったところこそ、3年前の大地震の震源だったのです。
心配だったので、まずアスコリピチェーノ・スポレート間で通行可能なルートがあるかどうかをGoogleマップで調べてみました。Google先生によれば途中高速道路は封鎖されているが、一旦一般道へ迂回すれば山を越えていけるみたいでした。
これは安心材料にはなりましたが、Googleマップの衛星写真を見てみるとご覧の状況。衝撃を受けました。そして本当に通過できるのか心配になりました。
続いてイタリアの現在(旅行当時)の高速道路事情をネットで検索。どうやらここから得られる情報もGoogleマップからのものと同じでした。であればきっと大丈夫だろう、とアスコリピチェーノに宿を取り、アスコリピチェーノから山を越えてウンブリアへ向かうルートを選んだのでした。近年、僕は詳細な日程、宿泊先を出発前には基本的に立たず、あくまでも現地で、可能なら2、3日前に、難しいようであれば当日に決めるのは、こうした現地に実際行かないと状況が分からないからです。
いざ当日。本当は午前中いっぱいはまだ十分に観光できなかったアスコリピチェーノの街を散策したかったのですが、この日はあいにくの雨。ただでさえ心配な道路事情だったので、午前中の観光は諦めて、アパルトマンチェックアウト後ただちにウンブリアへと向かいました。
アパルトマンから駐車場まで向かう途中ではまだ雨は降っていなかったのですがクルマに乗り街を出た直後から雨が降り始めました。
ウンブリアへと向かう高速道路の交通量は多くはないものの予想以上ではありました。ただし渋滞するほどではありません。心配をよそにしばらくはアップダウンや登り坂が多いため速度は遅かったとはいえ、道路はしっかりとして運転には全く問題がないように見えました。
最も爪痕の多いエリアを通過
しかしGoogleマップが示していたように途中から、本当に山の中で高速道路が工事中のため、一般道へ迂回させられることになりました。地図でも見たとおり非常に曲がりくねった道。しかも雨ですからとても心配。
幸い、道は思っていたよりも狭くなく、そして坂は急ではなかったので走りやすかったのですが、しばらく進むと目の前に飛び込んでくる多くの地震により倒壊しまだ修復されていない建物や道路が広がってきました。とても痛々しかったです。
場所は、アックーモリ(ラツィオ州リエーティ県)、ペスカーラ・デル・トロント(マルケ州アスコリ・ピチェーノ県アルクアータ・デル・トロント村の付近ですが、このあたりが最も被害が大きかったということです。
しかし復興は着実に進んでいる感じでした。ウンブリア側に近づく頃には新しくなった高速道路になっていました。
途中からの一般道にはなりましたが、特段混雑はなく、Googleマップの予想通りに目的地ノルチャへ到着。しかしこのイタリアの最も美しい村もまた3年前の大地震で大きな被害を受けていたのです。このノルチャ付近こそ、震源だったのです。
ノルチャの様子については次の回で詳しく書きます。