訪問日時:2017年9月12日、午後3時頃
2017年9月の旅行は、転職前のモラトリアム期間ということで9月10日に日本を出発、9月29日に帰国、およそ3週間にも渡る長い旅行でした。前回から続くドイツ語圏のスイスの最も美しい村の紹介第二弾「Bremgarten(ブレムガルテン)」、その訪問日時は9月12日、実はスイスの最も美しい村開始2箇所目の美しい村でした。
場所はチューリッヒの西の郊外、日帰りでも十分にいける距離、電車でも行くことができるはずです。ここは前回紹介のブレイユ・ブリージェルとは対照的にアクセス良好、そしてイメージ通りのドイツ語圏の村の雰囲気、なにより街自体がとても美しかったです。毎度おなじみ勝手自己評価は4とさせていただきました。




まず村自体がこれまで見てきたイタリア語圏、フランス語圏の村と比較して大きく、人もたくさんいました。公式サイトによると人口は8000人近くいるとか。(注:おそらく旧市街の人口、この街自体は新市街川を含めると7万人クラスの大きい街のようです。)
いずれにしてもちょっと大きすぎですね。というのもフランスの最も美しい村には選定の条件として人口2000人以下というものがありますから。フランスは厳し目ですが、スペイン、ワロンなどでも、大きくてもせいぜい3000人から4000人がスタンダードだったはずです。イタリアは6000人規模の村がわりとあったように思います。大きすぎるのはそれはそれで残念な要素です。
さて歴史に関して。公式サイトで珍しくしっかりと書かれているので、誤訳覚悟でいつものように簡単にかいつまんでまとめてみます。(なお公式サイトへのは記事の一番下にございます。毎記事ございます。)
ブレムガルテンはこのあたりの中心都市であり、12世紀には神聖ローマ帝国皇帝ハプスブルクのルドルフから正式な都市(どうもこういう習わしがあったそうな)と認定されたということです。ということで神聖ローマ帝国側の街だったわけですが、1415年にスイス連邦(いわゆる原初のスイス連邦とのこと)が占領することになります。この時代のスイス国内はこのスイス連邦側と神聖ローマ帝国側との対立が続いた時代でした。
また16世紀に起こった宗教改革における主要舞台にもなったという歴史もあります。というのもスイス最初の宗教改革者であるツウィングリの後継者でもあるハインリヒ・ブリンガーという人物はこの街で生まれ育ってます。
このように歴史もあるブレムガルテン、ただ観光するだけでも大いに値する村であることは間違いないでしょう。大満足の観光でした。



ところが残念なことも。この村、いい感じで川に囲まれていて、その川を挟んで川を背景に村を眺めるとそれは大変美しいようでした。しかし、私、訪問時、この川があることを把握できず、ということでその川岸からの景色を写真に収めることができませんでした。村の中央から対岸へと渡る橋をすぐに見つけられなかったのです。ひとつ見つけたのですが、こちら、電車の線路だったんですよね。特段柵などもなく簡単に入ることができたのですが、ここを渡るのは流石にまずいかと。


そう入っても十分に満喫。お店もたくさんあり、チューリッヒからのアクセスもよし。そして美しい。再訪間違い無しの美しい村でした。