Date and Time – 2026:06:08 09:57:38

この旅3箇所目の美しい村は、オートアルプ県にある「モンドーファン」。前泊地ブリアンソンからグルノーブル方向に向かうD1091線を40分程度向かった先にあります。前日にブリアンソンへと向かったときに通った道を引き返すことになります。実は前日にこの村のすぐ近くを通過していたことになりますが、時間の関係で立ち寄ることはできませんでした。
モンドーファンは、途中からD1091線から道を外れて10分ほどの距離に位置する棚のような山の上にあります。村はもともと毎度おなじみヴォーバンの要で、村は強固な城壁に囲まれています。駐車場はその城郭の街から数100メートル離れたところにありました。無料で自由に停めることができました。
この日のこの地方も快晴、標高1,000mくらいの場所ですが、朝9時には気温は20度をおそらく超えていたと思います。半袖半ズボンでも十分に過ごせる気候でした。
まず駐車場から城郭内へと向かいます。自分が停めた駐車場を見る限りでは観光客は少ないのかなと思ったのですが、もっと村の近くに駐車場があってそちらにはより多くのクルマと観光バスも停まっていましたので、観光客は思っていたよりは多かったとも思います。とはいえ所詮は美しい村ですが、混雑しているということは一切ありません。
正直村の中は道路と建物の距離が離れているのと建物自体も石造りの美しいものとは決して言えず、といったところでしたでしょうか。もちろんフランス的な要素はありましたが。
詳細はまた後述しますが、ここもまたブリアンソン、そして前日に訪れた(アルザスのではない)コルマールと同様ヴォーバンによって築かれた要塞でしたが、実は彼が生きていた時代には一度も戦争には巻き込まれなかったようです。この要塞がはじめて戦争に巻き込まれたのは第二次世界大戦時のイタリアとの戦いのときだったそうです。このあたりはイタリアとの国境も近くですから中世、現代問わず最前線の激戦地区となる可能性が高かったところなのでしょうね。
散策は1時間弱ほどだったと思います。
村の詳しい説明は以下を参考にしてください。
🌿 概要
モン=ドーファンは、フランス南東部のオート=アルプ県にある、保存状態の非常に良い城塞村です。セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバンの指揮のもと、1693年から建設されました。標高約1,050メートルの岩山の台地に位置し、デュランス川とギル川の渓谷が合流する地点を見下ろしています。
ルイ14世は、サヴォイア軍の侵攻を受け、プロヴァンス地方とドーフィネ地方への進入路を防衛するため、この城塞の建設を命じました。現在のモン=ドーファンでは、壮大な軍事建築、今も人々が暮らす小さな村、そして南アルプスの雄大な眺望が一体となっています。ヴォーバンによる城塞群は2008年にユネスコ世界遺産へ登録され、さらに2025年6月には「フランスの最も美しい村」協会に加盟しました。(フランスの最も美しい村)
✨ 主な特徴
- ヴォーバンが築いた計画城塞都市 長い年月をかけて自然に発展した一般的な村とは異なり、モン=ドーファンは新しい城塞都市として、ほぼ全面的に計画されました。ヴォーバンは、1692年にサヴォイア公国軍がこの地方へ侵攻したことを受け、この台地を建設地に選びました。 翌1693年に工事が始まり、軍事施設、民家、防御設備が計画的に配置されました。「モン=ドーファン」という名称は、フランス王位継承者である「ドーファン」に敬意を表して付けられたものです。(フランス国立記念建造物センター)
- アルプスにおける戦略的な立地 城塞は、かつて「千の風の台地」を意味する「プラトー・デ・ミル・ヴァン」と呼ばれていた場所に建っています。デュランス川とギル川の渓谷が交わる地点を見渡し、ケイラス地方、ヴァール峠、イタリア国境方面へ向かう交通路を監視できる位置にあります。 台地の三方は険しい断崖によって自然に守られていたため、ヴォーバンは敵が接近しやすい北側に、特に強固な人工防御施設を集中させました。(フランス国立記念建造物センター)
- 壮大な城壁と稜堡 モン=ドーファンは、稜堡式城壁、堀、門、前方防御施設からなる壮大な防御システムに囲まれています。城壁の一部には地元で採掘されたピンク色の大理石が使われており、岩山の台地の地形に沿って築かれています。その姿は、軍事的な幾何学構造と自然景観が見事に融合したものです。 「エショゲット」と呼ばれる小型の監視塔が断崖の上へ突き出しており、そこから周囲のアルプスの渓谷を一望できます。(モン=ドーファン公式サイト)
- ユネスコ世界遺産 モン=ドーファンは2008年、ユネスコ世界遺産「ヴォーバンの防衛施設群」を構成する12の城塞群の一つとして登録されました。 この世界遺産登録では、ヴォーバンが軍事建築の発展に与えた卓越した影響と、兵士と一般住民の双方が暮らすことを想定して設計された、完全な山岳城塞都市の代表例としてのモン=ドーファンの重要性が評価されています。モン=ドーファンの世界遺産登録区域は約57ヘクタールです。(ユネスコ世界遺産センター)
- 兵器庫と火薬庫 城塞内には、保存状態の良い軍事施設がいくつも残されています。兵器庫は、武器や大砲の関連設備、その他の軍需物資を保管・整備するために使用されました。一方、厳重に防護された火薬庫には、城塞の防衛に必要な火薬が保管されていました。 厚い壁、ヴォールト天井、慎重に配置された開口部は、敵の砲撃や偶発的な爆発による被害を抑えるために設計されたものです。(モン=ドーファン公式サイト)
- ロシャンボー兵舎 巨大なロシャンボー兵舎は、モン=ドーファンに当初駐屯する予定だった軍人の規模を物語っています。ヴォールト構造の地上階、長大なファサード、広大な屋根裏空間を備え、厳しいアルプスの冬の間も兵士を収容し、物資を保護できるよう設計されました。 士官宿舎や衛兵所とともに、辺境の守備隊における当時の日常生活を具体的に伝えています。
- 未完成のサン=ルイ教会 ヴォーバンの計画には、兵士と一般住民の双方が利用する、聖ルイに捧げられた大規模な教会も含まれていました。建設は17世紀末に始まりましたが、財政上および構造上の問題により、壮大な教会は完成しませんでした。 最終的に完成したのは内陣と翼廊のみであり、その独特な姿はモン=ドーファンを代表する建築物の一つとなっています。同時に、計画された城塞都市が当初想定されていた人口規模に到達しなかったことを物語る建造物でもあります。
- 軍人と一般住民が暮らす城塞都市 ヴォーバンは、モン=ドーファンを単なる軍事要塞ではなく、兵士、職人、商人とその家族がともに暮らす本格的な町として計画しました。一般住民の移住を促すため、土地の提供や税の免除といった優遇措置も設けられました。 整然とした通り、色彩豊かな建物のファサード、噴水、庭園、工房などは、周囲に建つ重厚な軍事施設と美しい対照をなしています。現在、城壁内の村には約140~170人が暮らしています。(モン=ドーファン公式サイト)
- 短期間で低下した軍事的重要性 モン=ドーファンは脆弱な国境地帯を防衛するために建設されましたが、1713年のユトレヒト条約によってユバイエ渓谷がフランス領となり、国境はさらに東へ移動しました。 その結果、建設開始からわずか約20年後には、城塞が本来担っていた戦略的重要性の多くが失われました。モン=ドーファンは大規模な包囲戦を一度も経験しておらず、それが防御施設が非常に良い状態で残されている理由の一つとなっています。(フランス国立記念建造物センター)
- 「フランスの最も美しい村」への加盟 モン=ドーファンは、クルーズ県のシャンボン=シュル=ヴエーズとともに、2025年6月に「フランスの最も美しい村」へ正式に加盟しました。 この認定では、ヴォーバンによる建築群の優れた統一性、現在も人々が暮らす歴史地区の保存状態、そして南アルプスの類まれな自然環境が高く評価されました。(フランスの最も美しい村)
モン=ドーファンは、城塞と人々が暮らす村が一体となった、非常に珍しい場所です。壮大な城門をくぐり、兵舎や軍需施設を見学し、未完成のサン=ルイ教会を訪れ、デュランス川とギル川の渓谷を見渡す雄大な景色を楽しむことができます。これらすべてが、ヴォーバンの築いた最も印象的なアルプスの城塞の一つに凝縮されています。














