訪問日時:2018年7月18日、午後2時頃
この日は合計3つの世界遺産を鑑賞しました。朝一番で訪れたマダラの騎士像に続き第二弾は少し北に行ったエリアにあるスヴェスタリのトラキア人の墳墓です。
トラキア人とは古代のブルガリアを拠点にしていた民族。その墳墓は非常に文化的で美しいと言われています。その装飾はもちろんのこと、王族など高貴な者の墳墓には合わせて美しい貴金属類の装飾物が埋められていました。しかし、その多くはすでに墓荒らしなどにあい、破壊されてしまったのです。それでも、20世紀まで奇跡的に一切発見されることがなかったいくつかの墳墓が、現在、貴重な考古学遺跡として保存されており、その一部は一般の人にも公開されています。
ブルガリア国内で、しっかりと保存されているトラキア人墳墓のうち世界遺産に選ばれているものは2つ。以前ご紹介、2日前に訪れた「カザンラクのトラキア人の墳墓」、そして今回ご紹介する「スヴェシュタリのトラキア人の墳墓」です。
ブルガリア北東部にあるマラク・ポロヴェツ村とスヴェスタリ村の間のエリア「スボリャノヴォ」は、古代の集落、聖地、墓地などの遺跡が多く見つかっているエリア。なかでも1982年にスボリャノヴォ東墳墓群の第7丘と呼ばれたギニナ・モギラの中から出土したトラキア王墳墓「スヴェシタリのトラキア王墳墓」は、奥行きが7.5メートル、正面の幅は6.5メートル、墓室内部の高さは4.45メートルと圧倒的な規模を誇っており、特に重要な考古学遺跡として位置づけられています。紀元前4世紀から3世紀ころに作られたものだとのことです。
マダラの騎士像から休憩をはさみつつおよそ2時間で、緑の草原がただただ続くなにもない「スヴェシュタリ村」の遺跡前に到着。
到着は午後2時ころで到着時点で観光客は我々以外はゼロ。見学できるのか不安でしたが、ガイドツアーのみで見学が可能ということ。英語が話せるガイドがいるということで、15分後くらい待機させられてから、ガイドツアーがスタートしました。我々夫婦2人だけのガイドツアーでした。申込み時点で写真撮影は禁止と告げられるので、一眼レフは車においておきました。
最初に案内された「スヴェシタリのトラキア王墳墓」、まずその入り口に度肝を抜かされました。
小高い丘の入り口にある分厚い扉。これは電子錠で強固に閉じられており、これを係の人がコードを入れて開けます。思い思い扉がゆっくりと開きます。この迫力と違和感がものすごかったです。なんというかゼルダっぽかった笑。
中へ入ると、とても涼しい、いや少し寒いくらいの冷房がガンガンついていました。そして、入り口で靴にビニールのカバー(いやスリッパを履かされたかかも?)をつけるように支持されました。遺跡を大事に保護するための力の入れようを感じます。
そして、墳墓へ案内されました。思った以上の規模、そしてその美しさに至極感動しました。内部の撮影は禁止されているので、ブルガリア・オフィシャル観光サイトの写真で持って紹介させていただきます。
写真:ブルガリア・オフィシャル観光サイトより
写真:ブルガリア・オフィシャル観光サイトより
写真:ブルガリア・オフィシャル観光サイトより
この墳墓は、大きな石灰岩の塊から作られており、ドロモス(通路)とそれぞれ独立した天井を持つ3つの部屋から成っています。トラキア・ゲタイ族の宗教や習慣も反映したヘレニズム様式の装飾が大変特徴的で美しいです。この墓室には王の遺体が安置されていました。壁や天井の装飾が未完成であることから、完成前に王が亡くなったと考えられています。天井はカリアティードと呼ばれる女性像に支えら、王の神格化場面が描かれているということです。
スヴェシタリの墳墓は、そのユニークな建築や装飾が根拠となり、1985年にユネスコ世界遺産に登録されました。
No.12とNo.13 と呼ばれる2つの墳墓も同じエリア内にあり見学させてもらえます。こちらも紀元前4世紀から3世紀ころのもとの言われています。ですがこちらはやや小ぶりであることもあってか、先に紹介した「スヴェシタリのトラキア王墳墓」のようになるでゼルダ的な立派な扉のある巨大冷蔵庫のようなしっかりとしたものではなく、プレハブの延長のような粗末な屋根で囲まれているだけでした。一応は、これで保護されていることになります。しかし、こちらも規模は大きく立派なものでした。
これら以外にもいろいろな遺跡がこのあたりで多く発見されているようです。
カザンラクの墳墓はレプリカしかみることができなかったのに対し、この「スヴェシタリのトラキア王墳墓」は本物を鑑賞できること、そしてその規模や美しさが想像以上だったこともあり、とても感動的な体験をすることができました。