訪問日時:2019年10月20日、午後3時頃
ピエモンテ州イヴレーア、トリノの北およそ1時間ほどにある小さなこちらの街は、2018年7月に世界遺産に選ばれた街です。ご覧のような位置にあります。冬は寒そうですね。
世界遺産というと古代の遺跡や中世から続く美しい街並みを想像することが多いのですが、ここは20世紀にとある産業が栄えた、という理由で世界遺産に選ばれたところです。
タイプライターの街
このイヴレーアの街は、オリベッティ(Olivetti)社という会社が発祥した街。Olivetti、古い方ならば聞き覚えがあるのかもしれません。タイプライターの制作で世界的に有名になった企業です。
オリベッティは、上の写真のようなタイプライターの標準形を作り出し、一斉を風靡した企業でした。オリベッティ社は、1908年この街でカミーロ・オリベッティ(Camillo Olivetti)が創設。前述したとおり、タイプライターの標準形を作り出した20世紀を代表する企業です。今我々が当たり前のように利用しているPCのキーボード、この配列の原型を作ったのもオリベッティ社なのです。
イヴレーアは中世の名残も残す素敵な街でもありますが、20世紀になってオリヴェッティ社とともに大いに発展。古くから続く旧市街は街を流れる川の北側に、一方の新市街はこの川の南側に位置しており、オリヴェッティ社の本社を始めとしたモダンな建物が多くあります。我々はまずこちらの新市街側のエリアへと足を運んでみました。
これらの建物は主に1930年から1960年頃アドリアーノ・オリヴェッティ主導のもとで設計されました。本社機能だけでなく公共的なサービス、住居も兼ね備えていました。今でも多くの人が住んでいます。
ここも一応世界遺産となっているということなので。しかし、あいにくの雨だったとはいえ、ご覧のような光景、20世紀初頭のモダンな建築様式ということで建築的に楽しむことできるのでしょうが、正直、ヨーロッパの古い町並みとはかけ離れていているので少々がっかりしました。
さらに日曜日だったため建物の中には入ることはできません。外から建物は見ることができたり、そしてところどころに会社の説明がなされているボードが置かれてはいたものの、これだけでは全く楽しくありません。
もしかしてがっかり世界遺産なのかな?と街中にある博物館を訪れるまではそう思っていました。
タイプライターの歴史を学べる博物館へ
とりあえず他に面白いところはないのかと思い、いったんクルマに戻りとりあえず旧市街へと向かってみました。旧市街は評判どおりきれいな街並みでしたが、この日は日曜日で人はとても少なくお店もほとんどが営業しておらず閑散としておりました。
ただGoogle Map情報によれば、旧市街にLaboratorio-Museoというイヴレーアの産業に関する博物館があり、日曜日でも開いていそう、そして我々の到着がちょうど15時前だったのですが、昼休みを終えてちょうどこの時間から開いているようなので、行ってみることにしました。
博物館のウェブサイト:Laboratorio-Museo Tecnologicamente
早速Googleマップが示す地点へ(
Laboratorio-Museo Tecnologic@mente Piazza S. Francesco D’Assisi, 4, 10015 Ivrea TO
)。しかしその場についてみると、博物館とは聞いていたのですが、立派な入り口や看板は一切なく、どう見ても普通の建物、入り口らしきものはあったものの裏口のような雰囲気。本当にここであっているのか心配になってしまいましたが、とりあえず中へ入り1階(日本風には2階)へ向かうと、たしかにタイプライターの展示等があって間違いなさそうではある…。
とまごまごしていたら、中から若いお姉さんとお兄さんが登場、お姉さんは英語が話せたのでお姉さんが我々の対応をしてくれました。入場料は7ユーロ、もしよければ私がガイドします、と言われたのでもちろんお願いしてみることにしました。
最初は入り口にたくさん貼ってあった古いポスターを見ながらの解説。簡単にオリヴェッティ社の歴史をひととおりお話してくれました。続いて中へ、タイプライターの展示を直接見ながら初期のタイプライターがどのようにつくられていったのかを解説してくれました。
タイプライター自体はオリヴェッティ社が創設される前から存在していたようです。ドイツなどですでにつくられていました。
しかし、今のようなキーボードタイプではなく、まだまだ非効率な機械だったようです。そしてそれを現在の標準とも言えるキーボードで入力するタイプに進化させたがオリヴェッティでした。このときどのアルファベットをもっとも使うのかに基づいてキーボードの配列を決めていったそうです。
タイプライターといえば以下のような仕組みであることは、タイプライターを見たことがある方ならばもちろんご存知だと思いますが、これもオリヴェッティが開発したみたいです。(とガイドのお姉さんは言っていた気がするが本当だったか少々自信なし)。
こうして生まれたオリヴェッティ社のタイプライターは一気に世界中へと広がっていきました。ちなみに初期のタイプライターは金属製、重量は10kg近くもあったそうです。実際展示されている初期の頃のタイプライターを持ってみたのですがとても重かったです。
しかしその後は軽量化が進みポータブルなタイプライターが生まれました。なかでも最も一斉を風靡したのが、1969年に誕生した赤色のプラスチックケース入りポータブルタイプライター「ヴァレンタイン」です。
このとてもポップな外見は当時としては画期的なデザインだったそうです。こちらももちろん展示されていて実際にもたせてもらえました。これは持ち運べますね。
その後も軽量化されたもの、高機能化されたものを次々と生み出していきました。
計算機もここで生まれた
さてイブレーア訪問前、この街がタイプライター発祥の街であるということはガイドブックなどの情報から知っていたのですが、実は計算機の分野においても先駆的な開発をしていたということをこの博物館で知ることになりました。
タイプライター生産があまりにも有名な当社ですが、この他にも世界に先駆けて計算機、そしてデスクトップコンピュータの制作も行っていました。つまり21世紀、現在の我々の生活の常識を作り上げたといっても過言ではない偉大な企業なのです。
オリヴェッティが開発した世界最初の電動式記録卓上計算機「ディビィジュマ(Divisumma)」が発売されたのは1948年。開発した中心人物は、ナターレ・カペラッロという人物。
もちろんここで当時の実機を見ることができました。タイプライターとは比較にならないほど複雑な構造となっていることが一目見るだけですぐにわかります。
ちなみにこの計算機についてですが、イタリアの大変有名な理論物理学者エンリコ・フェルミは、是非とも発展させるへきと強くアドバイスしたという話も残っています。
こうして計算機は時代を追うごとに発展を続けます。1950年代後半には、Elea9003という世界初の商用トランジスタ計算機を開発。
ちなみにスペックは、1秒に8回から10000回の処理が可能だったということ(wikipediaより)。ちょっとわかりづらいですね。ただ開発後数年間は競合他社を圧倒していたようです。
ちなみに2代目のELEA9003は現在でも動くそうで、実機がイタリアの工科学校「I.S.I.S “Enrico Fermi” di Bibbiena」に現存しています。
世界最初のデスクトップコンピュータの開発
そして1967年には、オリヴェッティ社の歴史の中でも特筆すべき製品をリリース。それは世界最初のデスクトップコンピュータ「Programma101」でした。いわゆるパーソナルコンピュータ(PC)の元祖とも言える存在です。当時の値段は159万円とのことですが巨大なコンピュータもちろん実機を見ることができました。
その脇にはProgramma101の仕様書やコードも。コード、よく見るとFORTRANのパンチカードもありました。
その後はデスクトップコンピュータ、電子計算機の小型化など取り組み一時代を築き上げます。
このあたりの形状は非常に現在でも見るものに近くなってきますね。
しかし、1980年頃からはIBMやAppleなど他社の対応もあり次第にその勢いは衰えていきます。
そして97年にはパソコン事業から撤退、2003年にイタリアテレコムグループへと吸収。しかし現在でもシステムソリューション会社として存続しています。
地元の子供達への教育
さてこの博物館は学校のような雰囲気なのですが、実は現在でもコンピュータ教育の場として利用されているそうです。定期的に子どもたち向けの教育が開かれていると説明されました。
このような教室があって、プログラムなどを教えているそうです。よくみると奥の方に3Dプリンターがおいてありました。よくみるとこの3Dプリンターもオリヴェッティ製ですね。
なお、丁寧にガイドしてくれたお姉さん情報によると、現在我々が先程見学してきたイヴレーア本社がある区画(街の川を挟んで南側)に新しく博物館がつくられるそうで、将来(来年2020年と言っていたような…)はここの機能は移管されてこの場所は近く閉鎖になるような話をしていたと思いますが、ウェブ等ではそのような情報を現時点では見つけることができませんでした。
いずれにせよ、この小学校の教室のような小さな場所でお話を聞けたことは貴重な経験だったと言えますし、仮にその新しい博物館が建ったのであればなおさら、そうでなくともまた再訪したいです。イヴレーアは旧市街も美しいので、そのときはぜひとも街中でゆっくり泊まりたいと思っています。
これまで250箇所近くの世界遺産を訪れましたが、ここはその中でもトップ10に入る楽しさ、印象深さがあったと思っています。