民族紛争解決を科学的・物理的にアプローチする機関について

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The New England Complex Systems Institute (NECSI) : Ethnic Violence | NECSIより

科学的に平和を考えることはできるのか

旅行関連投稿のはざまの啓蒙ネタは再び続きます。

さて突然ですが、科学的な考え方は平和を導くことができるのでしょうか。

実際にこうした研究は近年盛んになりつつあるようです。半年前ほどですが、クーリエ・ジャポンでこのような記事が掲載されていました。

しかし、僕が今回ご紹介するのは、こちらの記事とはやや違うアプローチではあるものの、同じく学問的に、より科学的に平和を考えようという試みをしている論文とそれを書いているグループです。

半年ほど前だったと思いますが、仕事関係の調査の一環で「ビッグデータ・社会学・金融・(統計)物理学」といったキーワードで、GoogleもしくはGoogle Scholarをサーフィンしていたときにこんなプレプリントを見つけました。

どういう研究なのか、端的に言いますと、スイスの行政区分が[highlight]「うまくいっている」[/highlight]ということを科学的に検証したものです。

スイスという国は、みなさんも御存知の通り、経済大国であり政治的にも安定している国ではありますが、実はこの小さな国土の中に、公用語は4種類(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)、そして宗教はキリスト教ですがカトリックとプロテスタントが共存し合うという、多言語民族国家です。そんな複雑な背景を持つ国家が安定的に存在しているのはなぜか。それは地理的要因による境界や適切な行政区分をもっているからです。

このことを実際のデータと計量的なモデリングを行うことによって示したのがこの論文です。

スイスを統治する上で、地理的な区分が重要だということはあのナポレオンも言及していました。というのは、スイスは過去に一度、エルヴェティア共和国という中央集権的国家を樹立したが失敗したことがあるからです。

ところで、こんな研究をしているのは、一体どんな人達なのか。どうやら、アメリカのニューイングランド大学の[highlight]「The New England Complex Systems Institute (NECSI)」[/highlight]という研究グループのようです。

Ethnic Violence | NECSIより

彼らは、主に異なる民族、異なる宗教、そして異なる言語、これらが複雑に絡み合って共存している地域を、いかにして分割して、民族間、宗教間等で発生する紛争を最小限に食い止めるか、ということを研究しているグループのようですね。彼らのグループのサイトによると、彼らが今まで具体的に取り組んだ、あるいは研究成果として、論文を論文雑誌 or プレプリントサーバに発表した国や地域は以下となります。最近ではシリア事情に関する論文もリリースしています。

  1. インド・ユーゴスラビア関連:M. Lim, R. Metzler, Y. Bar-Yam, Global Pattern Formation and Ethnic/Cultural Violence, Science 317, 5844 (2007).
  2. イエメン関連:A. Gros, A.S. Gard-Murray, Y. Bar-Yam Conflict in Yemen: From Ethnic Fighting to Food Riots. arXiv:1207.5778, July 24, 2012.
  3. スイス関連:A. Rutherford, D. Harmon, J. Werfel, S. Bar-Yam, A.S. Gard-Murray, A. Gros, Y. Bar-Yam, Good Fences: The Importance of Setting Boundaries for Peaceful Coexistence. PLoS ONE 9(5): e95660 doi:10.1371/journal.pone.0095660 (May 21, 2014); arXiv:1110.1409 (October 7, 2011).
  4. シリア関連:R. Parens, Y. Bar-Yam, Step by step to stability and peace in Syria, NECSI (February 9, 2016).

参考サイト:Ethnic Violence | NEW ENGLAND COMPLEX SYSTEMS INSTITUTE

物理学の概念=くりこみ群の発想を現実の政治に利用

僕が彼らのグループにとりわけ興味を持ったのは、パブリックデータに基づき計量的なモデルを立てて非常に「物理」っぽいやり方で、最適な地域や行政区の境界線を設定することを提案しているからです。

NECSI researchers have used complex systems science to understand how to accurately predict, and ultimately avoid, ethnic violence. The key to peace is to either completely integrate or completely separate people based on cultural, linguistic, and ethnical differences. If these groups are mixed to an intermediate degree, where populations occupy patches between 20 and 60 km in size embedded in areas of disparate groups, violence is both predicted and observed.

Ethnic Violence | NEW ENGLAND COMPLEX SYSTEMS INSTITUTEより

彼らの主な手法はこうです。

まず異なる宗教や言語を持つ民族間で発生する「紛争発生率」という量を定義し、それが行政区画の最小面積(単位面積)にどのように依存するのかをモデル化し、その臨界点を求めるということをします。その結果、例えば具体的な事例:スイスやユーゴスラビアのケースだと、距離にして20kmから60kmくらいのサイズになると、最も紛争発生率が高まるとのことです。彼らは、これを論文内では臨界サイズなどと呼んでいます。

この臨界サイズよりも十分小さいと、構成単位が個人なり一家族なりの単位に近づくため、争いは起こりづらくなると解釈でき、逆に十分大きいと、そもそも全体化されてしまって紛争発生率が相殺されてしまうと解釈できます。

しかし、彼らの提案の面白いところはここからです。

[highlight]それは、この臨界サイズが存在するということを逆に利用して、あえてはじめに紛争発生率が顕著になるような「臨界サイズ(特徴的サイズ)」を明らかにし、その分布に基づいて地理的もしくは政治的な境界を設ければ紛争を防ぐことができるのでは、という提案をしている点です。そして、世界各地で民族間の紛争が起こってしまうのは、こうした臨界サイズを意識しない区分にしているからでは、と述べています。[/highlight]

普通に考えると、こうした紛争発生率が高くならないようにすればいいのではとなりがちですが、そうではなく、逆に敢えて顕著になる臨界サイズを割り出したほうが効果的だ、という発想はとてもおもしろいと思いました。

こうした発想の背景には、素粒子理論や物性理論で非常に大事な概念となっている「くりこみ群」というものがあります。非常に難しい概念ですが、端的にいうと、対象としている大きさやサイズによって、その現象に効いてくるファクター(要因)が変化するということです。

正直彼らの仕事(実際に使っている関数)などを見る限りにおいては、理論物理におけるくりこみ群の考え方が用いられているというと言い過ぎな気もしますが、それでも十分にその哲学・概念を継承していることには間違いないと思います。実際、このグループの一員(リーダーかも)のShlomiya Bar-YamがArXivにアップした以下のプレプリントにも、くりこみ群の考え方を活用していると、書いてあります。

研究事例の概略:スイスの場合

そんな彼らの仕事についてもっと具体的に理解するため、実際の彼らの仕事を少し掘り下げて紹介してみましょう。例の「スイス」に関する研究です。再掲ですがこちらです。

まず、スイスの国土を適当な大きさの区分=グリッドに分割して、各グリッドにおいて、言語的特性=どの言葉が一番使われてるのか、宗教的特性=どの宗派が主流なのか、をオープンデータを利用して数値化します。

続いて、異なるグリッド間の特性値の差異を、グリッドサイズ、上で定義した特性値、グリッド間の距離を引数とした適当な関数で評価することで、異なる文化的特性間で起こる軋轢の可能性=紛争発生率なるものを算出します。

論文内でこの紛争発生率は、次の数式を解説してみます。

Good Fences: The Importance of Setting Boundaries for Peaceful Coexistenceより

簡単に説明しますと、x と y は互いに異なる2地点を表すものとします。右辺の前半は 、x と y間の距離が近ければ大きくなり遠ければ小さくなる関数、そして、右辺の後半側は異なる2地点における民族や宗教のタイプの人口の比率の歪みの度合いを表現したもので、この歪みが大きいほど数値が大きくなるように設定されています。

こうすることで、近距離で異なるタイプの人たちの人口比率が大きく歪んでしまうと、紛争発生率が上昇するという構造を表現することができます。

そして、この紛争発生率の地理的分布がグリッドサイズによってどう変わっていくのかを調べています。その際、スイス全土で地理的な境界の効果を考慮しないでこの紛争発生率の地理的分布を計算し、続いて境界の効果=境界をまたがる時は紛争発生率への寄与がゼロ、とした場合の紛争発生率を求め、「境界」の有効性を検証する、といった流れです。

実際の検証結果ですが、スケールが極めて小さいとき、あるいは極めて大きい時は殆どゼロに近いのですが、パラメータが数10km程度の大きさになると、relavant (この英語ですがなんとなく適切な訳がないイメージがあります。)になって、紛争発生率が高まるとのこと。この紛争発生率が最も顕著になるのはスケールが24kmになるときだったということです。

Good Fences: The Importance of Setting Boundaries for Peaceful Coexistenceより

上の図の説明ですが、上段のAはスイス国内でのカトリックとプロテスタントの分布を示しています。中段のCおよびDは、プロテスタントが多いところ、そしてカトリックが多いところを別々に表示したもの。上段右のBにはスイスの地方行政区分のカントンを表示しています。

そして、下段が今回の論文の分析結果です。下段左のEは行政的な境界がない場合、そして下段右のFはその協会がある場合の紛争発生率のヒートマップです。なお計算で利用した特徴的サイズは24km、すなわち臨界サイズです。Fの紛争発生率がEと比べて著しく低下している(青くなっている)のが一目瞭然です。

まとめますと、この論文では次のような検証をしました。

  1. まず境界効果はなしで、紛争発生率のスケール依存性を求める
  2. 次に上で求めた紛争発生率から、臨界サイズ=臨界点を求める
  3. 臨界点における紛争発生率から適切な政治的境界(行政区分)を定義する
  4. 上で定義した境界を考慮した場合の紛争発生率を求め、それが低下していることを確認

この考えをシリア和平に活用できないか

なお最近の話では、彼らはこうした考え方をシリア情勢の分析にも活用しています。

ここでも彼らは最も紛争発生率が高くなる臨界サイズ「直径20km」を利用して、民族構成分布や(以下の左図)、そして、政府軍、反政府軍、クルド人勢力、ISISの勢力分布(以下の右図)にもとづいて、紛争発生率の高いエリアをプロットしてみました。それが以下となります。

図:Step by Step to Stability and Peace in Syriaより

論文が公表されてのは2016年2月、それから一年余り、トルコやロシア軍の攻勢もあり、反政府軍はほとんど壊滅状態となり、かつもともとシリア国内の内紛に乗じて勢力を拡大したISISもこのところの衰退が目立つようになり、したがってシリア情勢は少しずつ解決に向けて進展しつつありますが、現実問題として、こうした円のできるところに政治的、人工的な国境を設定すべきなのですが、実際にはそれができていません。

したがって、彼らはこれらの研究から、包括的な解決を目指すのではなく、この臨界サイズに基づいたボトムアップ・アプローチからの解決こそ、(おそらく情勢が落ち着いた後にするべき)和平へ向けた具体的解決につながるのだと主張しています。

最後に:机上の議論ではなく実際に行動するのが大事

以上、アメリカのニューイングランド大学のThe New England Complex Systems Institute (NECSI)という研究グループに関する話題を簡単に紹介いたしました。各民族感の自治を最大限に発揮できるよう、こうした研究成果が着目され、そして活用されることを願いたいものです。

最後にもうひとつエピソードを。

いわゆる物理的な「くりこみ群」という概念は出てこないものの、同じくこのグループが書いたイエメン関する研究も大変興味深いものでした。

この研究によれば、2008年からのイエメン国内の紛争は、アルカイダ等のテロ活動等などの武力的なものに起因するのではなく、むしろ食糧不足、それに伴う食料価格の急騰によるものであり、武力を持って解決を測るのではなく、食料の供給などの経済的な援助のほうがより効果的だ、と結論づけています。

この話を聞いてふと思い出したのが、[highlight]「すしざんまい社長のソマリアにおける活動」[/highlight]のニュースです。すしざんまいの社長は、実際にソマリアへ行き、現地の人と交流をした結果、ソマリアの海賊を武力で退治するのではなく、彼らが経済的に自立するようにさせるほうが効果的ではと考え、彼らに漁を教えた、というエピソードです。

研究からの示唆とまったくもって同じです。ただ決定的に違うことは、すしざんまいの社長は実際に行動してそのことを証明したこと。もちろんトップダウン的に戦略立てて平和を推進することも大事です。ただ闇雲に、直感的に行動するのも軽率なこともありますから。しかし、やはり行動が伴わないと意味がありません。

と言っておりますが、正直な気持ち、ここまで大きなものではないですが、自身の身近なことをとっても、色々と心当たりがあるせいか、少々心苦しい想いもあります。見習わないと、ということですね。(某元大阪府知事/大阪市長の発言もとても気になったり…)

いずれにしても、科学的に平和を考える研究およびその応用は、まだまだ発展途上、学問自体の発展はもちろんのこと、それを実際に活用する行動力にも大いに期待したいです。

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